穏かな、それこそ時の止まっているかのようにゆるやかな天気の良い日。 ひどく気だるくて、生ぬるいこの空気。 そんな喫茶店の中、私は頬杖をつきながら呟いた。 「……まぁ、仕方ないさ。時間はつねに動いているものだからね。」 苦笑いを浮かべて口を開いたのは、同じようにつまらなそうにして向かいに座っているプリンス。 仕方ないといいながら、どこかやり切れなさそうにため息をついた彼は、 自分の席から窓の外を眺めている。 どうせ、またそこらへんを歩く可愛い女でも見つけようとしているんでしょう。 私は、いつの頃からか、風景を楽しむ事は無くなった。 昔は店の外を眺めて、何か楽しい事件でも起きないかと思っていたものだけど。 今はもう、窓の外では、およそ戦闘とは関係の無いような人々が、忙しなく街を通りすぎて行く。 「それでも、昔のほうが良かったって思うの。こんな私は時代に置いていかれているのかしら。」 窓を眺めたままのプリンスの横顔を見つめて、私は呟く。 男の長髪もずいぶん珍しくなったこの国、この時代で、 それでも昔から変わってない艶やかなその黒髪は、 しかし不思議と違和感無くその風景になじんでいた。 もっとも、彼は、どんな格好していても似合うんだろうけど。 周りの雰囲気に関係なく。 プリンスは、そのまま何気なく胸のポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつけた。 そして呟く。 「……確かにね、変わったよ。それこそ、ここ数百年で急激に。」 そうそう、話題がずれる所だったわ。 まったく、プリンスの言うとおリ。 昔は歴史は千単位で動いていたのに対し、今は数百年で変わって行く。 気付いたら、魔物なんて初めからいなくて、 魔法なんて異世界の話で、 神だのなんだのを信じるのは聖書の中でだけ。 皆が一様に学問を習い、平和極まりない世界で平凡に生きていく。 それこそ、生死の境に居るわけでもなく。 解かっては、いる。これは時代が決めた事。 私がとやかく口を出す事でもないし、世界がこれを認め、良いと判断したのだからきっとこれはこの世界にとって間違いなく良い事なのよ。 でも。 「そうなのよ。…………やっぱり置いて行かれているんじゃないかしら。」 そう、ため息とともに言葉を吐き出した。 魔物退治を生業として生きてきた私は、 魔物のいなくなった今、平凡に生活している。 裏を返せば、平凡でないと生活が出来ないってワケ。 好き勝手やろうにも、どうにも束縛される毎日。 それでも私は生きて行けないわけじゃない。 でもやっぱり、面白味が足りない。 そんな堂堂巡りの思考の毎日。 スポーツかなんかで発散したら、少しは気晴らしになるのかしら? 何て考えていたら今まで窓を眺めていたプリンスが、 私の方を向いて、白い煙を吐き出した。 「そうでもないさ、ルーベットちゃん。…君はしっかり時代に追いついているよ。」 やわらかく、どこか哀しげに微笑んだ。 「そうかしら?」 「そうさ、例えば、……アイツはどうしてる?」 ……あぁ、あいつね。 あいつは確かどうなったかしら? 2年くらい前は一緒に居たはずなんだけど…。 ええと、そうそう。 あの日飲み屋にいって来るって言って出てったっきり戻ってこなかったんだわ。 ああ、思い出した。 私は暫くボヤっと思考をめぐらせてから、ようやく思い出す。 少しボケてきたのかしら…私ももう歳かしら。 何年生きたのか忘れたけど。 「酔っ払って、ケンカした相手を半殺しにしてムショ行き。」 ……たしかそうだったはず。 しかしバカよね、アイツも。 今ごろどうしてるのかしら? 「クク…アイツらしいな。」 知り合いが刑務所に入ったというのに、我ながら冷めてるなと思っていたんだけど、 プリンスも同じくらい淡白だった。 ま、それもそうでしょ、なんたってアイツだもの。 おかしなことも、それこそ心配する必要すらない。 私は、そう思いなおし、再びカクテルをかき混ぜはじめた。 プリンスは、そんな私を見てゆっくりと口を開く。 「今じゃあもう、昔のように行動したら拘束される始末さ。 俺だって、もう世界のほとんどが魔王だのの存在を信じていないからとっくに廃業したよ。 時間の流れについて行けていないのは、むしろゴクドー、あいつの方さ。」 この時代のルールを心得ていないんだから。 そう言ってプリンスはもう1度、煙を吐き出した。 まったくもってそのとおりよ。 相変わらず、ゴクドーくんはバカなんだから。 思って天井を見上げたら、プリンスの口から吐き出される煙によって、 やや白濁した天井が見えた。 しかしこの、毒にしかならない不味い煙のどこがいいのかしら? 最近出てきたものらしいけど、この時代で広く一般に伝わるには少し不釣合いな気がするわ。 …………あぁでも少なくとも、 この大して美味くもないカクテルよりは、有意義なもののような気がする。 「ねぇ、プリンス。」 気がついたら、私は声をかけていた。 「その煙草、1本くれない?」 「……別にいいけど、毒の塊みたいなもんだよ?」 気遣っているのか、それとも言ってみただけなのか。 どちらにしろ毒の塊とことわったプリンスに、私は思わず笑った。 毒なんて、私には意味の無いものだって、彼も知ってるはずなのに。 「いいわ。………それを吸ったら、私も死ねるかしら?」 興味本位か、それとも言ってみただけなのか。 私も何とはなしにそう言った。 別に死にたいわけじゃないけど、なんとなく。 そう、本当に思いつきで。 ……………なんでこんな事を考えるのかって、 やっぱり、この時代について行けていないからなのでしょう。 私の冗談とも本気ともつかないその言葉に、プリンスは軽く肩を竦めただけで、 黙って私に1本の煙草と、それから、ライターも渡した。 本当はプリンス、ライターなんて無くても火ぐらいつけられるのに、 こうやって持ち歩いているのはきっと。 やっぱりこの世界が少し住みにくくなったからなんでしょうね。 私はその煙草を咥えて、火をつける。 軽く吸っただけで、口の中に苦い味が溜まった。 結局なんでこんなのがいいのかわかんないわ。 プリンスも、良く平気な顔して咥えてられるわね? 「不味いわ。」 素直に、そう言った。 「だから言ったろ?毒なんだよ、これは。」 たぶん、思いっきり顔を顰めていたからだと思うけど、 プリンスはからかうように笑ってから、短くなった自分の煙草を灰皿に捨てると、 私の口から煙草を取り上げた。 しかし、本当にひどい味。 口に味が残っちゃったものだから、私はまだ残っているカクテルを口直しに飲んだんだけど。 大して美味くも無いこのカクテルじゃぁ、大した口直しにもならないわ。 「やっぱり私、そっちがいい。」 何時の間にかちゃっかり自分の物にしているプリンスの口の煙草を見て、 私は言った。 どうしてか私は、大して美味くも無いカクテルより、明らかに不味い煙草のほうが、気に入った。 きっと、私の中の大蛇がそう言っているんだわ。 毒のように明らかに有害なものは全て、私の中の神が浄化してくれるもの。 きっとこの不味くて有害な煙草をいくら吸ったところで、私の肺は綺麗なままで。 それに引き換えそのカクテルは、意味も無く変な味がするものだから対処の仕方に困ってるんだと思う。 私が、あまり好きになれないのと同じように。 「…わかったよ。ルーベットちゃんがそう言うなら。」 じっと見つめる私に、プリンスは苦笑しながらも煙草を渡してくれた。 改めて吸うそれは、やっぱりかなり不味いんだけど、それでもどこか私の好きな味がした。 プリンスは口が寂しくなったのか、私の飲みかけのカクテルを口に含む。 「…………ああ、確かに。」 そして呟く。 プリンスも、私と同じくあまり美味くないと思ったんでしょうね。 決して味は悪くないけど、それでもやっぱり昔酒場で飲んだ酒の方がおいしかった。 そして、こんな事を考える私は、やっぱり時代において行かれている。 あの頃は、今が1番幸せだと思えていたのに、いつの頃からあの頃が良かったなんて思うようになったのかしら。 いつだって、前を向いて歩いて行けていたのに、一体どうしてこんな後ろばかり見るようになったのかしら。 いつから私は、こんな弱いことを考えるようになったのかしら。 「この世界で、いきながら死んでいる気がする。」 私がそう呟くと、プリンスが軽くこちらを眺めて、もう1本煙草を取り出した。 そして私にライターを渡したままだったことに気がついて、口の中で小さく魔法を唱えて火をつける。 「まぁその点では、ゴクドーが1番うまい生きかたしてるよな。」 「…………そうね。」 どこにいても有害なアイツはきっと、刑務所の中でも好き放題やっているんでしょうね。 こんな時代でも自分の思うように生きて行けているんだから、ある意味天才なんだわ、ゴクドー君は。 「本当、住みにくくなった。」 次の時代が来るまで、闇の女王の所にでもお邪魔していようかしら。 あそこなら、今でもいろんな刺激があるんでしょうから、きっと。 FIN...... かなり毛色の違ったゴクドー話。 現代に彼女達がいたら、きっと退屈でしょうがないんじゃなかろうか…? まあ、彼女達なら楽しい事も一杯見つけるんでしょうけどね、いいじゃないですか、たまにはこんなのも。 曼珠の本領発揮(?)作品。やっぱこういう耳鳴りのしそうな作品が好きです。 |